いい日になぁれ♪
私の周辺での出来事や、思ったコトなどを日々書いた、気ままな雑記帳。
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授業は、昼過ぎからあります。
平日だと、こんな時間の授業は・・仕事をしていたら出来ません。
だから、今のうちに勉強しておこうと思ったのでした。
(ずっと勉強してみたかった分野だったから・・)
先日からこの授業で仲良くなった人が居て・・。
就職活動をしていたのだけど、たくさんの企業を受けてダメだと言ってましたが・・。
今週、何とか決まったらしくて、早速・・授業に遅れて来ていた。
多分・・・これからこの時間は来れないだろうと・・・。
せっかく仲良くなったのに、もう会えないかなぁ。
でも、この景気で仕事を見つけるのは大変だから、決まって良かったのかもしれないね。
(授業料が勿体ないけれど・・・・)
さて、今日の授業は・・。
物体を見るのに必要な、「物体」以外の「光」と「目」について。
光の種類、性質、色に及ぼす光の関係とか、目の構造とか・・いろいろ。
単純に「色」の勉強だと思っていたけれど、「色」を見る為には様々な条件や意味があるのですね。
それによって、同じものでも違って見えたり、違って感じたり・・・。
結構、いろいろと難しいものなんだなぁと思いました。
例えば、赤いものを見ていて・・・。
青い光の下で赤いものを見た時に、その物体は何色に見えるか?など。
かき氷も、真っ暗な中で食べたら・・・どれが何色か分らない。
食べた時の味覚も、目で判断しているんですよね。
真っ暗な中のかき氷、どれも味は本当は一緒らしいです。。。
それにしても・・面白かったのは。
「視神経乳頭」には視神経がないので、モノを見る事が出来ない部分なんだけれど・・。
周囲の視神経がカバーをしてモノを見ているという事。
それを「フィル・イン」と言うらしいのだけれど・・・。
「フィル・イン」というと・・。
ドラムでずっとリズムを刻んでいて、一部分だけ(小節の終わりなど・・)自分の独自のパターンを叩いたりする、その部分を「フィル・イン」(おかずとも言う)と言うので・・・。
ここだけは、すぐに覚えました(笑)
自分の知っている用語と同じだったりすると、覚えるの楽なんだけれど・・。
案外、覚えるものが多いので・・色彩検定もバカに出来ません(泣)
今回は、また別の新たなお友達が出来ました。
勉強は大変になるけれど、一緒に頑張れる仲間が出来るのは嬉しいです♪
さて、明日はWebだ・・・。
頑張らなくてはっ!!
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こういう状態になると、「健康状態」の維持がどれだけ大切かをすごく感じる。
体力が落ちると、とても勉強どころではなくなる・・・。
ここしばらく忙しく出来たのも、自分の健康状態が何とか良かったから。
一時期に比べ、比較的よく食べたので・・以前程痩せてないと思う。
(昔・・集合写真を撮る時に、あんまりにも頬がこけていたので、口をわざと膨らませていた事がある)
忙しくなって、ご飯をちゃんと食べる時間すら無くて・・数日間バタバタしたけれど日頃の食べ込み方が良かったので、ちょっとスリムになった程度で済んだ。
そんなこんなで、ちょっと疲れたなぁ~と思っていたら・・・。
同居の祖母の体調が悪くなって、ここしばらく微熱が続いているという状態になった。
日頃行っている大きな病院は、何故か検査をする事もなく、3カ月分の薬を出すだけ・・でオシマイ。
状況が変わっていてもちゃんと診てもらえないのなら、別の病院に行った方が良いのでは?と、まずは近所の個人病院へ連れて行った。
そこは、比較的新しい病院ながら、とても患者が多く待たされたけれども、丁寧な診察をしてくれ・・なかなか良い医師が居る病院だった。
すると、お腹の中にある菌の数が異常に多いと判明。
紹介状を書いてもらい行く先は・・・・。
日頃通っている大きな病院?!
紹介状をもらったら、ちゃんと検査してくれるってコト?
何だか変なんだけど、大きな病院で検査してもらって・・治療という事になりました。
今回の治療がちゃんと出来て治ったら、今回お世話になった個人病院へ病院を変えたいね・・と祖母が言っていた。
安心して診てくれる病院があると心強い。
最近、いろんな医療に対する問題を耳にするけれど、体調を崩して心も体も弱った時にすがれる病院というものの存在は大きい。
こういう時に痛感する。
そんな祖母の状態を見ていたら、今度妹が熱を出した。
完全な寝冷え・・・・。
もう・・・・。
少なくとも、私は試験が終わるまでは寝込めない。
自分の健康を維持しなくてはならないけれど・・・。
家族の健康も、何とか維持していかねばです(汗)
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一発目は、色彩検定対策。
今回の授業は、「マンセル」と「JIS系統色名」でした。
前回までの「PCCS」は、まだ何とか分ったんだけど・・。
(まだ細かな色名とか数値とかは、何かを見ないと分らないけれど・・)
今回のは、完全にごちゃごちゃになってます。
「マンセル」と「PCCS」は違うとして・・。
「JIS」の方は、何だかミックスというか、妙なトコで違うというか・・・。
そんなこんなで、授業が終わって・・頭が真っ白でした。
しかも、結構・・授業中に先生に何かを答えさせられる。。。
緊張の3時間でした。
そんでもって、宿題がどっさり・・・。
次回は今週の金曜日・・・。
それまでに、ノートまとめと宿題をして、更に質問まで用意しないといけないんだ(涙)
それとは、別に・・。
明日からはWEBの試験対策授業が再開。
そんでもって・・。
また頼まれ仕事を受けてしまい、短納期に泣かされてます。
(とりあえず、今だいたいの形を作ったところ。明日また仕上げにかかります。多分・・・)
明後日は、また違う頼まれ仕事・・・。
あと、まだ眠っている頼まれ仕事もあったりして?!
何だか、考えただけで・・ゾッとしてしまいます。
時間を止めるか、分身の術が使えたらいいのに・・ね。
とにかく、立ち止まっている時間はないので、ノンストップです☆
バタバタしているけれど、このパターンを上手くこなせたら、時間を有効に使えるようになりそうです。
頑張らなくてはっ☆
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今回は、ワレスタの「我☆】部活や合宿の思い出を教えて!」というお題を借りて書きます。
私の部活の思い出・・。
私が小学校の5~6年の頃に通った学校(私は5年生の時に転校してきたので)の真向かいには、市立中学校の校舎があった。
いつも放課後には、中学校からブラスバンド部の演奏が流れてきて、小学校の教室の中に居てそれをいつも聞くことが出来た。
「中学生になったら、ブラスバンド部に入ろうね」
友人と二人、そう決めた。
小学校を卒業し、真向かいの中学校に入学した。
・・・で、友人は素直にそのまま「ブラスバンド部」に入部した。
私は??
何故か、私は美術の教室の中に居た。
そう、私は美術部に入部していた。。。
その中学校の体育祭は、春にあって・・・友人と別にクラスになった私は、全く知らない人の中に居た。
そんな中、私に気さくに声をかけてきたのが、1つ上で2年生の小柄な女の子。
それが、美術部の副部長だった。
なかなか新しい友達が出来なかった私が、新しい環境で一番最初に親しくなった人でした。
ブラスバンド部に入ろうとする私に、しきりに美術部に誘う彼女。
その勧誘に、私は負けた。。。
美術部は、とても変わった部で・・顧問の先生はいるんだけど、部活の時間に来た事がなかった。
広い美術の教室が部室で、部員達は殆ど自由だった。
部長は3年生の男の子。
メガネをかけて、タコに似ていた。
皆から「タコ部長」と呼ばれていたが、初代の部長が「タコ」にそっくりだったので、代々「タコ部長」を引き継いでいるのだと言っていた。
どの部員も、成績優秀な人達で・・・、大抵どの子達もが級長や生徒会の執行部員になるようなメンバーだった。
さすがに、美術部なので・・・。
作品を描かねばならず・・・、私は困った。
別段、何かを上手く描けるような才能はなかった。
同級生の女の子は、絵が本当に上手くて、特に好きなアーティストの絵は完璧だった。
何も見なくても、毎回その場で描いてみせた。
空腹でも、絵を描くと満腹になるという、面白い体質の持ち主だった。
(それだけ、絵を描く事が好きだったという、完全なアーティスト魂の持主だった)
そしてその絵のセンスは見事で、時に見るだけで笑顔になるようなものを描いてみせた。
学園祭の時の作品は、「へのへのもへじ」だった。
でも、それは・・・完全なアートだった。
その絵を見た時の衝撃を、私は今も忘れない。
私は、やっぱり下手だったんだけど・・・。
そこで、マンガの描き方というものを学んだ。
マンガを描く為の道具を、この時に初めて見た。
(それ以前の私は、あんまりマンガに興味を持っていなかった。)
その後、私は社会人になるまで・・マンガを描き続けた。
それは下手だったけれど、マンガを通して友達が出来たし、クラスメートとも仲良くなれた。
絵のセンス、芸術に対するセンス。
未だに自分にはなくて、人の作品を見てはハッとさせられる。
それは、今も昔も変わらない。
ユーモラスな美術部の人達には、よく笑わされた。
上下関係がまるでなく、先輩も後輩も皆あだ名で呼びあった。
自由なんだけれど、それでも相手を尊重しているような、そんな人間関係だった。
現在私が使っているIDのうちの1つは、その当時のあだ名です。(他のIDもあだ名の活用形なカンジが多い)
ブラスバンド部に入ってみたかった・・と思うけれど、美術部での3年間は私にとって貴重なものだったなぁと思う。
なんとも自由な部活だったので、部活らしくなかったけれど、楽しませてもらったと思う。
自分で選んだハズではなかったけれど、自分の知らない世界をたくさん得た。
そして、現在の自分が今ココに居るのも、あの美術部があったから。
その後の部活動は、進学した学校の科が部活禁止だったので、全くしていない。
後にも先にも、この美術部が私にとって唯一の部活でした。
「中学で、ブラスバンド部に入る」いう、友人との約束は守れなかったけれど・・・。
それは・・・・今も友人とは笑い話になっている。


